あにょりもっも

気まぐれ旅行記みたいなものを目指したなにか

国鉄士幌線のコンクリートアーチ橋めぐり   ~タウシュベツ見学ツアー~

前記事では、ぬかびら温泉より下流の「第三音更川橋梁」「第四音更川橋梁」を一人で勝手に見学した様子をお伝えしましたが、この記事では、NPO法人ひがし大雪自然ガイドセンターさんが開催している「旧国鉄士幌線アーチ橋見学ツアー」に参加してみた様子をお伝えしていきます。最近このツアーはとても人気で、14しかない席はすぐ埋まってしまうので、参加したい方は早めの予約を!(と言っても橋が水没しちゃうとダメなので、そこが難しいところ)

 

タウシュベツ川橋梁は、その美しさ、古代遺跡のような風格から、様々なパンフレットやポスターにも度々登場し、また劇場版ガールズ&パンツァーのカール自走臼砲のシーンに登場する鉄道橋のモデルにもなった、非常に有名な橋です。

ダム湖である糠平湖に完全に水没してしまう時期もあり、どっかの新聞では「幻の橋」とか呼ばれちゃってるこの橋は、ダムが完成し汽車が上を走らなくなって以降、水位の上がる夏に水没して、水位の下がる冬に氷から顔を出し、水位と共に下がる氷にゴリゴリ削られながら春に向かっていく。ということを繰り返してきました。そのため、廃線から60年ちょっとしか経っていないのに、すっかり角が削れ、鉄筋が顔を出し、ところどころ崩れています。特に今年は「もう来年には11連のアーチは見られないかもしれない」と噂されており、観光客が激増。ツアーも大盛況となったのです。

 

タウシュベツ川橋梁へ行くには、国道から糠平三股林道を4kmほど進まなくてはいけません。そのため、見学ツアーに参加するのが一番手っ取り早いです。しかしどうしても個人で行きたいんだという方は、十勝西部森林管理署東大雪支所へ行って林道ゲートの鍵を借りるか、林道を歩くかの二択となります。なお一帯はヒグマがうじゃうじゃいる森なので、鈴とかスプレーとか、いろいろ準備しないとダメです。林道からタウシュベツ橋梁までの道はぬかるんでいるので、長靴も必要です。

ツアーでは、狭くてガタガタな林道を自分で運転する必要も、長靴や熊よけスプレーを用意する必要もありません。ぜんぶ面倒みてくれます。なので、ツアー代金3150円は安いと言えるでしょう。というか、山に慣れていない人はツアーに参加すべきですねー。

 

ツアーは1日3回(回数が少ない日もあるので注意)。5:30~7:15と、9:00~11:30、そして14:00~16:30です。早朝以外は、タウシュベツ川橋梁へ行った後に、第五音更川橋梁と、幌加駅跡の見学もあるので、トータル2時間半ほどのツアーになっています。いずれも参加費はおひとりさま3150円。

 

ツアーの申し込みは電話かメールになります。担当者がツアーに行ってしまっている日中は電話が繋がりにくいらしいので、メールを送ったところ、その日の夕方には受付完了の返信がありました。ガイドセンターのwebサイトをよく読んでメールで申し込むことをおすすめします。

 

 

 ツアーの集合場所は「糠平温泉文化ホール」です。ちょっとわかりにくい場所ですが、ぬかびら温泉郷はこぢんまりとした温泉街なので大きく通り過ぎることはないでしょう。私もちょっと通り過ぎちゃったんですがすぐに戻ってこれましたし(Googleマップを見て「ここ入ればいいのかー」と見当つけていた道が歩行者専用になっていたのが今回の敗因)

 ホールで受付を済ませ代金を支払うと、用意されていた黄色い長靴に履き替え、車に乗ります。27日の午後のツアー参加者は私を含めて11人。ほとんどが内地*1の人でした。集合が早かったので、13:55くらいにはもう出発しました。

こんな車2台でタウシュベツを目指します。

 

10分ほど国道を走ると、林道ゲートに到着。林道ゲートには「ヒグマ出没注意」という張り紙がベッタベタに貼ってあります。ヒグマ出没っていうけど、あの森ってヒグマたちが棲んでるとこだから、むしろヒグマ側が「ヒトが出没したぞ!」って言う側な気が…

ガイドさんの話ではツアー中に熊さんに出会うのは珍しいことではないらしい。今回は残念ながら?見なかったけれど。

 

林道をガタガタ走ること10分。タウシュベツ川橋梁の近くまでやってきました。ここから先は車両が入っていけません。車を降りて歩きます。

流木が転がるぬかるんだ道は、国鉄士幌線旧線の廃線跡です。足元に注意しながら進んでいきます。すると、森が途切れた先に…

(脳内BGM~ジュラシック・パークのテーマソング)

飽きるほど写真で見ていたあのタウシュベツ川橋梁が、目の前にどーんと現れました。

ここでツアーは40分ほどの自由時間になります。様々な角度から橋を眺めてみたり、橋に触ってみたりしました。なお、崩落の危険が高まっているので、橋の上を渡ろうなんてことは絶対にやめてください。

午後は湖側に光が当たります。紅葉した木々と風格ある橋とがマッチして美しいです。

実は、例年であれば秋は橋がほぼ水没している時期です。今年は雨が少なく、また夏の電力消費も多かったということでダムに水がぜんぜん貯まらず、先日の台風以前は橋が下まで完全に見えていたそうです。

タウシュベツ川橋梁と紅葉のコラボレーションという貴重な光景。しっかりと眼に焼き付けてきました。

60年もの間、水と氷によって削られ続けた橋は、かっちりしたコンクリート橋であったとは想像できないくらいにボロボロです。氷で削られないアーチの下の部分だけ、滑らかな肌を残しています。

橋の袂では、剥き出しになった鉄筋や、ボロボロな橋本体に触れることができます。ただし優しく触ってください。蹴飛ばしたらすぐヒビ入るんじゃねぇかなって感じなので。鉄筋が入っているのは外側の殻だけで、中身は石が詰まっています。材料調達を安く早く済ませ、山奥で大量にアーチ橋を建設しなければならなかった事情から生まれたこの工法は、この後に建設された様々なコンクリート橋でも用いられました。ただ、外側の壁が崩れてしまえば中の石は簡単にゴロゴロ崩れてしまうという欠点が、今になって現れています。

東側から少し離れて橋を眺めてみると、橋が傾斜しているのがよくわかります。橋が水没していない時にはわかりづらいですが、この橋は勾配区間にあったのですね。

大きな崩落箇所は、東側に二箇所あります(西側は一箇所)。

 

今後もどんどん崩れていくことが予想されており、完全に繋がった形で見られるのは今年が最後かもしれないと噂されています。

が、去年も一昨年もそんなこと言われていたので、案外あと数年は持つかもしれませんね…崩れてもなおアーチ部分はしっかり残っているのを見ると、アーチ構造の頑丈さがよくわかりますね。

この橋が現役の鉄道橋だった頃は、線路の両側に森が広がっていて、今とは全く違う景色だったそうです。ダムが建設された際に士幌線ダム湖の西側(国道が走っている側)に移設され、旧線はダム湖の底へ沈みました。そしてこの橋も時期によっては水没する場所になったので、周辺には木が無くなり、ダムの水が少ない春には辺り一面に切り株が点在する異様な光景が広がるそうです。

橋がボロボロになったのはダムのせい、しかし独特なロケーションを創り出して橋を魅力あるものにしたのもまたダムなのです。ダムってすげぇなぁ。

 

タウシュベツ川橋梁の見学を終えた一行は、林道を戻り、そこから国道を少しだけ登り、また別のアーチ橋「第五音更川橋梁」を国道上から見下ろしました。

こちらの橋は、ダム湖より上流に位置していて、綺麗な姿を保っています。朽ちていくのに任せているタウシュベツ川橋梁と違い、この橋は保存物なので補修が入っているようです。

 

そしてツアーの最後に、幌加駅跡に行きました。

かつて林業で栄えたという幌加の街は、今では森に還ってしまい面影がなにもありません。駅も放っておくと土砂が流れ込み埋もれてしまうそうで、定期的に掘り返してあげないといけないそうです。

帰り際にちらっと車の中から見た「三の沢橋梁」

こちらはダム建設時に移設された新線(昭和30年開業)の橋なので、これまで見た橋(昭和12~14年開業)と比較すると新しい橋です。なので老朽化もそこまで進行しておらず、上には柵が設けられ自由に歩けるようになっています。

 

かつて林業、そしてダム建設で栄えた糠平。しかし、こんな壮大な橋がいくつも建設されたのは、林業やダムのためだけではありませんでした。もともとは、三国峠を越えて層雲峡・上川へと線路を伸ばす計画だったのです。もしそんな計画が実現していたら、ここは北海道一の観光路線に…なる前に廃線になってただろうなぁどうせ…

 

 ツアーの終わり際、ぬかびら温泉郷の公園建設現場で鹿を発見。

北海道の山道を走る際は、鹿の飛び出しに注意してください。国道でも携帯電話の電波が来ないところが多く、事故って動けなくなったらJAFが来るまで半日はかかるそうです(ツアーガイド談)

 

ツアーはこれで無事終了。予定通り2時間半で帰ってきました。

100週年を迎え、すっかり寂れてしまっているぬかびら温泉郷

一番古い(つまり一番ボロい)こちらの温泉に入りました(日帰り入浴500円)。

混浴露天風呂とか書いてありますが、事実上の男湯ですねーはい。女性専用の露天風呂が別にあるしね。

 

 温泉でゆっくりしているうちにすっかり日が暮れ、私は街路灯の一つもない暗闇のトカチロードを、矢羽根*2を頼りにひたすら走って帯広へ帰りました。

 

今回のアーチ橋めぐりは、こんな感じで非常に充実したものになりました。

ただ、見逃した橋も多く、またタウシュベツ川橋梁の違う表情も見てみたいので、季節を変えて再訪したいと思っています。

 

ツアーだけで満足できない私のような人間ならレンタカーなどを使う必要がありますが、ツアーだけ参加するなら、バスをうまく使ったり、糠平温泉に宿泊するなどして公共交通機関のみでの訪問も可能なので、是非一度は行ってみてほしいです。士幌線は良いぞ。

*1:北海道では主に本州のことを内地と呼ぶ

*2:北海道ではよく見かける、積雪時に見えなくなる道路の外側線の場所を示す下向き矢印型の標識正式名称は「固定式視線誘導柱」らしい。

国鉄士幌線のコンクリートアーチ橋めぐり

皆さん、この橋をご存知ですか?

これは国鉄士幌線の「タウシュベツ川橋梁」です。

11連のアーチが美しく、またダム湖に沈むことから水と氷によってゴリゴリ削られ、崩れそうになっている姿が「まるで古代遺跡のようだ」と評され、とても人気のある橋です。

「来年になったら崩れているかもしれない」と地元の新聞記事になるなどして現在とても人気が高まり、見学ツアーは連日満員に近い盛況となっているこの橋。廃線好きな北海道民として行っておかなきゃなぁと思いつつ、どうせ行く暇なんか無いだろう、暇になった頃には水没しているだろう…と思っていたら今年はどういうわけか秋になっても水没していないということで、遂に行ってきました(2017年9月27日)。

 

 

 

特急スーパーとかち1号で帯広駅に到着後、駅前でレンタカーを借りて、まずは上士幌町を目指し国道241号線を北上します。

延々とこんな風景を見ながら一直線に伸びた道路をひたすら走ること一時間弱、上士幌町に到着。

国道沿いのラーメン屋*1で腹ごしらえをして、ここからは国道273号線で「ぬかびら温泉」のほうを目指していきます。

 

国道273号線に入った後も、直線的な道がしばらく続きますが、ちょっと走ると山道って感じになってきます。今の時期はちょうど紅葉も綺麗だ。

「黒石平覆道」という覆道を抜けてすぐの橋を渡ったところに駐車スペースがあるので、そこに車を停め、橋から下を見下ろすと…

 

国鉄士幌線「第三音更川*2橋梁」です。

30年前の国鉄末期に廃線された路線なのですが、今でも線路を敷けば汽車を走られられそうな雰囲気を保っています。

景観との調和も美しいですね。

なお、橋の上は危険ですので渡ろうとか思っちゃだめですよ、渡ろうとする人なんていないと思いますが…

 

 

 

第三音更川橋梁からもうちょっと進んで、カーブした短いトンネルを潜った後、左手に見えてくるのがこちらの橋。

この橋の名は「第四音更川橋梁」

ここは昭和30年の糠平ダム建設に伴う士幌線の付け替え時に廃線になった区間なので、冒頭で見ていただいたタウシュベツ川橋梁と同時期に廃線となっています。しかしダムより下流に位置していて湖に浸かっていないこの橋は、綺麗な姿を留めており、タウシュベツと同じ年月が経っているとは思えません(というかタウシュベツが痛みすぎなんだよなぁ)。

 川を跨ぐ部分が無くなっていますが、現役時代には、ここに鉄の橋桁が架かっていました。

 

ここは開けた河原があって降りても大丈夫そうだなーってことで、橋のすぐ傍まで行ってみました。

廃線から60年以上が経過し、橋の上に樹木が生い茂るという凄まじい光景を見ることができます。こういうのほんとすき。正直タウシュベツよりこっちのほうが感動しました。ここならタウシュベツと違って国道からでも見えるところなので、素通りしないで立ち寄っていただきたい素晴らしい橋です。

 

第四音更川橋梁からちょっと行くと、もう糠平ダムに着きます。

湖面からすぐのところに木が生えていないあたりが、あからさまにダム湖って感じがして良いですねー。

糠平ダムは電源開発が所有する水力発電用ダムです。

ダム堤体の上を通る道路は通行止めになっていました。

 

なお、ここからでもタウシュベツ川橋梁を望むことができます。が…

いやいや遠い遠い。全然感動が伝わらないよこれ!

ここからバズーカみたいな望遠レンズを橋に向けている人も居ましたが、もっと上流のタウシュベツ展望台から見たほうが良いと思います。ま、私はもっともっと橋に近寄った、というか橋に触ってきちゃったんですけどねー!!!

 

てなわけで、ここから先は、NPO法人ひがし大雪自然ガイドセンターさんの「旧国鉄士幌線アーチ橋見学ツアー」に参加して、タウシュベツ川橋梁の間近まで行ってきました。このツアーの様子は、次の記事で詳しく書いていきます。

 

つづく

 

*1:

Google マップ

*2:おとふけがわ。国鉄士幌線音更川に沿うように敷かれていた

日高本線 ~ 運休が続く被災ローカル線の現在の姿

苫小牧~様似を結ぶ長大ローカル線「日高本線

札幌日帰り圏内で、風光明媚な路線ということで、ファンの人気も高い路線でしたが、2015年1月の高波による路盤流出により鵡川~様似の運休を余儀なくされ、それが復旧しないまま同年9月に台風により更に被害が増大。JR北海道は復旧には沿線自治体の資金協力が不可欠だとしていますが、沿線自治体は協力姿勢を見せず、議論が進まないうちに2016年には台風が連続襲来し被害は更に増え、もはや復旧は絶望的となってしまいました。

 

2017年7月22日。そんな日高本線廃線跡めぐり現状調査に行ってきました。

交通手段にはレンタカーを用いました。いや、だって、ほら、代行バスじゃそんな回ってられないんだもん…(とか言ってるけどまぁドライブしたかっただけですね)

 

 私がまず向かったのは鵡川駅。現在、日高本線の列車はこの鵡川で全て折り返しています。駅前からは静内行きの代行バスが出ています。

鵡川は苫小牧から30.5kmの位置にあり、全長146.5kmの日高本線のほんの始まりの部分という感じなので、これに乗って折り返すだけでは物足りなさが半端じゃないです。しかも鵡川までは胆振なので、日高本線って言ってるくせに日高地方には一歩も入ってないというわけで…

日高本線用に塗装だけではなくエンジンもパワーアップしているキハ40を、これだけにしか使わないというのも勿体ない話なので、この車両は室蘭本線や石勝線にもこの塗装のまま入っている様子がよく目撃されています。

鵡川駅の様似方を眺めてみると、奥のほうで、錆びたレールの上に枕木が置かれています。この信号機も運休中ずっと赤しか灯していないのでしょう…

跨線橋の上から駅を眺めてみました。広い構内・長いホームに1両だけポツンという風景は、北海道みたいな地域ではごくありふれた光景です。

列車の発車後、発着線の色を観察してみると、日常的に列車が走る部分と、列車がもう走っていない部分とで色が違うことがわかります。左の線路は列車停止位置より奥が茶色く錆びており、右は全く使われていないので全体が錆びています。構内踏切はもはや鳴る意味がないのですが、今でも列車が接近すると鳴っています。

 

鵡川駅を後にした私は、富川へと車を進めました。

これは富川駅付近の踏切。こうして見ると普通に稼働してそうな見た目ですが、

よく見ると遮断器が取り外されていました。

列車は全く来ませんが、ここを通行する車はみな一時停止をしていました。

2年半くらい列車が走っていないということで、もっと荒れ果てた線路を想像していたのですが、線路は列車が普通に走ってきてもおかしくないくらい綺麗に手入れされていました。JR北海道はよく「災害にかこつけて赤字路線を切り捨てるつもりだ」なんて言われていますが、この線路を見ると、JRがこの路線を切り捨てたいと思っているようには見えませんでした。

 

続いて、けいおん!」の聖地じゃないほうの豊郷駅。ここは国道235号線沿いなので行きやすいです。代行バスのバス停も駅の目の前の国道にあります。

待合室からホームまでは少し草をかき分ける必要があります。現在ホームに入るのは私のような物好きな鉄道マニアだけなので、そりゃあこんな感じにもなりますわな。

列車が絶対来ないのをいいことに線路に侵入してみた(※列車が走っている路線では絶対に真似しないでください)

線路に生えた雑草は思ったよりとても少ないですが、レールの間で背の高い草がすくすくと育っているのが、この線路が生きていないことを示しています。

 

雨がだんだん強くなってきて、帰路が絶たれるんじゃないかと不安になりながらも、さらに車を走らせ、今回の一番の目的地に着きました。

この踏切、設置されたばかりで運用開始前の道路信号にかけられるような黄色いカバーがかかっています。

厚賀駅から少し苫小牧側に設置されているこの踏切の名前は「コマチップ踏切」

この場所には以前は遮断器のない歩行者用の踏切があったようで、この踏切の「改良」という形にすることで踏切のある道路を新設できたようです。

※踏切の「新設」は法律で認められていない。安全を考えてのことなのだろうが、あまりに雑な法律で困る。

しかし道路の建設中に日高本線は運休に入り、道路は完成したものの踏切はカバーをかけられたまま放置されています。

黒いカバーは風雪に晒され続けたせいか破れています。

JR北海道の新型軌道検測車マヤ35と同じような鮮やかな色の踏切板の上には、茶色く錆びたレール。これだけ見ると開業前の路線のようにも見えますね…

被災区間のど真ん中に位置する厚賀。この真新しい立派な踏切は、おそらく一度も稼働することは無いでしょう。

 

さて、静内駅までやってきました。静内駅は、みどりの窓口や自動券売機、売店・そば屋もあって、今でも駅として生きている感じがします。列車は来ないけど。

 現在の鵡川~様似の代替バスは、静内駅で系統が分かれており、静内を通り越して利用するには必ずここで乗り換えが発生します。

代行バスのバス停は、形状からして札幌市バスのお古かなにかでしょうかねぇ…?

 

なお、静内駅前を発着するバスは、列車代行バスよりも、札幌へ直通する高速路線バスのほうが賑わっていました。こっちのほうが便利だし安いし、まぁそうなりますわな。

 

 雨が止まず、時折激しくなったりしていて、土砂崩れかなにかで国道235号が通行止めにでもなったら日高本線の心配をするどころか私が家に帰れなくなってしまうので、静内より先に行くのはまた別の機会にしよう…ということにして来た道を戻ります。

節婦駅に寄りました。住宅地の中にあり、無人駅ながら駅舎は綺麗です。

ここも、線路が錆びていることを除くと、廃線しているようには見えません。いや、廃線はしてないんですけどね。

節婦駅の近くの海岸で、遠くまで見渡そうと思って全然見えねぇなぁなんてやっていると、国道から路地へ入ってくる怪しい観光バスが。

実はこれも列車代行バスです。ジェイアール北海道バスの他に、酒井交通・むかわ観光・はな交通・樽前観光が代行バスの運行を分担しています。

 

大狩部のあたりは華麗に崖の上の国道を突き進み(ちょっとくらい寄ったほうがよかっただろうか)、清畠駅の近くで運転疲れたしちょっと休憩しようかにゃーって道路脇の駐車スペースに入ったんです。そうしたら、そのすぐ脇、海側に、ぐにゃぐにゃに曲がった線路が見えました。

高波を受けて陸側に曲げられてしまったレールが、そのままの状態で残されていました。

本来はもっと海側の平らな部分に敷いてあったようです。

ここだけ見ても相当な惨状ですが、この周辺では、路盤が崩落したり橋が落ちていたりという箇所がいくつもありました。被災していない箇所が現役時代とほぼ変わらない様子を保っているだけに、このギャップは衝撃的でした。

 

日高本線を復旧させるには、巨額な費用が必要になります。しかし、巨額な費用を投じても、こんな海辺ではいつまた被災するかわからないという問題があり、さらに、汽車はもはや地域住民にとってそれほど重要な交通機関ではなくなっているという問題もあります。

廃線は寂しいことです。しかし、地域の足を守るというのは、いつまでも鉄道に固執することではなく、住民が利用しやすい交通体系を再構築していくことなのではないか、そして日高地方は今そのチャンスが与えられているのではないか。私にはそんな気がします。

 

これは日高門別IC付近から見た日高自動車道の延伸工事の風景です。日高本線が被災したまま放置されている一方で、道路はどんどん建設が進んでいるのです。

鉄道を愛する人からしたらとんでもない話に聞こえるでしょうが、現実問題として、この地域の人達は線路よりも道路が生活に不可欠なものとなっているのです。

 

さて、難しい話で疲れたと思うので、お馬さんでも見て癒やされてください。

日高はすごいです。馬だらけです。競走馬の一大産地ですからねここ。

 

そんなわけで今回の日高本線調査はここまで。次回があるかどうかはわかりませんが、次回があったら静内より先まで足を伸ばしたいと思っております。

 

~おまけ~

今回の調査に使用したレンタカー

夏の北海道をクリーンディーゼルで走ろう!!!みたいな5000円くらいのキャンペーンで、まさかアクセラに乗れるとは。タイムズカーレンタルはいいぞ(ダイレクトマーケティング)

マツダディーゼルはすんごい。静かだし坂はぐんぐん登るし燃費は良いし。これで排ガスも綺麗だとかマツダほんとすっげぇわ。

みんなも北海道の道路をマツダのクルマでかっ飛ばそう!(速度違反はしないでね!)

戦車道路(千歳C経路)

名古屋に行ってコンクリート舗装道を見た時に、私はちらっとこんなことを言いました。

*1:筆者の地元、北海道千歳市には、戦車等が走行するための駐屯地と演習場を結ぶコンクリート舗装道がある

基幹バス - あにょりもっも

 東千歳駐屯地と北海道大演習場との間およそ10kmの一般道路が、自衛隊装軌車両に対応したコンクリート舗装道路となっていて、住宅街の中を戦車が堂々と走行するという凄まじい光景を見ることができるのです。「C経路」と呼ばれるこれは、地元住民の間では「戦車道路」と呼ばれています。もともと市街地を避けて造られたはずだったんですが、千歳市の発展に伴って沿道には住宅が立ち並ぶようになってしまいました。

 

あー、そういえば地元な割にちゃんと撮影とかしたことなかったなぁ…って感じだったので、3月29日に、名古屋旅ブログ執筆の休憩がてらこっそり戦車撮影に出かけました。

 

まず、この道路は何時行っても戦車が走っているわけではありません。戦車の走行情報を調べてから行かないとダメなのですが、戦車の走行情報なんてそんな簡単に掴めるもんなのか…??

と思うでしょ?市民生活にも大きく影響を与える戦車の公道走行に関しては、射撃訓練の実施予定などと一緒に千歳市のホームページに掲載されています。

陸上自衛隊 - 北海道千歳市公式ホームページ - City of Chitose

<平成29年3月29日通行分>

  1. 日時   平成29年3月29日(水)8:30~11:20
  2. 通行方向  北海道大演習場→東4線→市道南28号→国道337号→祝梅根志越線→東千歳駐屯地 
  3. 通行車両  90式戦車×30両、90式戦車回収車×2両、73式装甲車×9両、地雷原処理車×1両、91式戦車橋×1両

 ここまで載っています。この文字列を見ただけで興奮してしまいますねーこれ。

 

この情報を元に、この日は早起きし…ようと思ったんですが早起きに失敗し、この道路まで一番楽に歩ける駅であるサッポロビール庭園駅に到着した時には0930になっていました。

サッポロビール庭園駅の、サッポロビール庭園じゃない側に出て、長都方面へと歩いていきます。

ここを歩いている間にも、もう90式戦車の独特な走行音が聞こえてきます。ちょっと望遠してみると

あ、居ますね、戦車。

 

全ての戦車が通過してしまう前に、戦車道路までたどり着かなくては。

道東自動車道を潜り、更に進むと、新興住宅地が見えてきます。

サッポロビール庭園駅から約1km、セイコーマート長都みどり台店に到着しました。ここがC経路に三箇所だけある戦車が交差点を曲がるポイントの一つで、JR千歳線の各駅から最も近いポイントになります。

交差点には戦車を誘導するため自衛隊員が立っています。すこしわかりづらいですが、戦車が走行する部分は舗装が違います。アスファルトではベコベコになってしまうので、コンクリート舗装になっています。

そして、こんな車両がゆっくり走ってきました。これが先導車のようです。

 

そして…

90式戦車です。すごい平然と走ってますけど90式戦車ですよこれ。

 

1両が通過していったかと思ったら、後からどんどん戦車がついてきます。

わぁあ、ゎあ!?とか言っているうちに次々に目の前を通過していく戦車たち。

 

通過していくのは90式戦車だけではありません。こちらは73式装甲車。

90式戦車と比較すると小さくて可愛らしい印象です。

 

そして、この車列の最後にやってきた車両は、ひときわ存在感を放つこれでした。

91式戦車橋です。すごい煙を上げて唸りながら通過していきました。

 

このトラックが車列の最後尾です。

自家用車でこの道路を走っている時に、前方にのろのろ走るこれが居たら、違う道に行ったほうがいいかもしれないですね。

 

これで終わりじゃあありません。10分ほど待つと、また先導車が現れました。

今度は9両いるようです。

本当に目の前を戦車が通過します。すっごい迫力です。駐屯地イベントでも動く戦車にここまでは近づけないですよ。

続々と通過していく戦車。

戦車は公道を走行する際に路面保護のためゴムパッドを装着しているのですが、このゴムパッドの跡がすごいです。なおコンクリート舗装のため見た感じやばそうですが大きなダメージは入っていません。

 

最後に、こんな車両がやってきました。

90式戦車回収車です。

これが通過すると、交差点に立っていた交通整理隊員が撤収しました。この日はこれが最後尾でした。

 

とまぁこんな感じで、1020頃には、セイコーマート前を最後尾が通過しちゃいました。ここからゆーっくりと1時間ほどかけて駐屯地へ向かったのでしょう。

 

というわけで、皆様も千歳に来る際は、戦闘機ばっかり見てないでたまには戦車でも見ようぜ!!!楽しいよ!!!!っていう話をしたかった記事でした。

最後に、私がスマホで適当に録った適当な動画を載せておきますね。

【乗船記】太平洋フェリー「いしかり」名古屋~苫小牧1330kmの船旅⑫ 苫小牧到着

長かった船旅もいよいよフィナーレです。

こんなに長く乗っていると、降りるのが名残惜しくなりますね。最初のほうはあんなに嫌そうな顔してたのにな。

うっすらと、北海道の山々が見えてきました。

 

函館沖~苫小牧沖まで真っ直ぐ進む間、陸から距離が離れるので携帯電話の電波が届かなくなります。でも、ここ以外は千葉県沖からほぼずっと電波状況は良好でした。docomoすげぇ。

 

正面に見える特徴的な形の山は、樽前山ですねー。

一番最初に見えた北海道の建物は、日本製紙白老工場でした。

波が穏やかで、航跡が綺麗です。昨日からこうだったら良かったのに…

雄大な景色の中で煙を上げる製紙工場

樽前山は頂上の溶岩ドームがチャームポイントの活火山です。北海道の空と海の玄関口をすぐ近くで見守るこの山がもし噴火したら北海道は大変ですね。

苫小牧の街が見えてきました。

苫小牧入港前に、苫小牧から出港して八戸に向かう川崎近海汽船シルバーフェリー「シルバーエイト」とすれ違いました。ファンネルにKの文字が入った川崎近海汽船の貨物船はこの航海中何度か出会いましたが、この会社は苫小牧~八戸でフェリーも運航しています。来年6月に室蘭宮古の新航路が開設される予定だったりします。

苫小牧が近付くと、船は減速します。

苫小牧の街中にどーんと王子製紙の工場が建っている様子が海の上からだとこんな感じに見えます。

 

港の入口に近い所に、タグボートが並んでいます。

北海道の海の玄関口、苫小牧。大規模な内陸掘り込み港湾で、この広々とした港には大小さまざまな船が出入りしています。北海道は他県に繋がる道路が無いので船の重要性は高く、札幌から一番近い太平洋側の港である苫小牧港は最重要港湾ですね。

まもなく着岸します。苫小牧西港フェリーターミナルはバースが3つありますが、太平洋フェリーは真ん中を使用しています。このターミナルは大洗行きの商船三井フェリー、八戸行きのシルバーフェリーと共同で使っていて、毎日夕方には3隻のフェリーがずらりと並びます。

こんな感じになりますよ(これは別の日に苫小牧港南埠頭から撮影したもの)

なお、苫小牧を発着するフェリーのうち新日本海フェリーだけは、この西港ターミナルではなく20kmほど離れた東港周文ターミナルの発着ですのでお間違えのないように。

名古屋を出港してから40時間。定刻の1100に、遂に苫小牧港に着岸、1330kmの船旅が終わりましたー。お疲れ様でした。

「いしかり」ともここでお別れです。ありがとう、楽しかったよ。

苫小牧西港フェリーターミナルの出港案内。4ヶ国語表示になっています。

 

フェリーターミナルからは、苫小牧駅前、札幌、新千歳空港へと向かうバスがそれぞれ出ています。私は新千歳空港行きに乗って帰ります。

 

40分ほどで新千歳空港に到着します。40時間も船に乗った後だと、40分なんて本当にあっという間です。

旅の締めは弟子屈ラーメンです。鮭冬葉塩ラーメンを啜りました。

あー旨い。北海道に帰ってきたーって感じですねぇ。弟子屈ラーメン食ったの今回が初めて

 

 

 

というわけで、これにてシリーズ『太平洋フェリー「いしかり」名古屋~苫小牧1330kmの船旅』および『2017.3.14~17 名古屋旅行記』の連載は終了です。ありがとうございました。

 

【目次】

①乗船~出港

②夕食(一回目)

③寝台

④船体動揺

⑤茨城~福島沖

⑥仙台寄港

⑦夕食(二回目)

⑧仙台出港

⑨第二夜

⑩青森沖

⑪朝食

⑫苫小牧到着 ←イマコマイ

【乗船記】太平洋フェリー「いしかり」名古屋~苫小牧1330kmの船旅⑪ 海上の優雅なティータイム

この船旅の最後の食事も、結局レストラン「サントリーニ」ではなく、軽食スタンド「ヨットクラブ」です。ヨットクラブだいすき。

ところで、このヨットクラブ、「本日のコーヒー」「本日の紅茶」とか言ってコーヒーと紅茶を日替わりにしています。3日間乗っても飽きないようにしているわけですね。

これが一日目(3月15日)

これが二日目(3月16日)

そして三日目3月17日がこれ。

ダージリン」「オレンジペコ」「アッサム」ってこれどっかで見たことあるような組み合わせですわね……ちなみに、この太平洋フェリーは大洗には行かないですわよ。大洗に行くのは商船三井フェリーですわ。間違えないように注意するんですのよ!

アッサムティーを頂きました。

ホットケーキとセットで570円です。

ホットケーキもふかふかで美味しゅうございましたですわー

 

雲が取れて、すっきりと晴れましたー。しかし船旅はもうすぐ終わってしまいます。苫小牧が迫ってきました。

 

【目次】

①乗船~出港

②夕食(一回目)

③寝台

④船体動揺

⑤茨城~福島沖

⑥仙台寄港

⑦夕食(二回目)

⑧仙台出港

⑨第二夜

⑩青森沖

⑪朝食 ←イマココ

⑫苫小牧到着

【乗船記】太平洋フェリー「いしかり」名古屋~苫小牧1330kmの船旅⑩ 青森県沖の朝

おはようございます。船は青森県沖まで進みました。

日の出時刻を案内してくれています。日の出を拝みたい方は参考にしてください。

東の空が明るくなってきました。が、東の空には雲が…

雲に阻まれつつも、朝日の幻想的な赤い輝きは伝わってきます…思ってたのとちょっと違うけど…

 

東の空の本物の太陽は綺麗に撮れませんでしたが、この直後に西側に綺麗な太陽が出現します。

苫小牧港を深夜に出発した、大洗へ向かう商船三井フェリーさんふらわあ だいせつ」です。こちらの船、以前苫小牧沖で車両甲板火災があり、あの時はあのまま引退してしまうのでは…なんて思ったのですが、この通りすっかり修復されて復帰しています。苫小牧~大洗航路に就く前は九越フェリーの「ニューれいんぼうらぶ」として、室蘭~直江津~博多という長大航路に就いていた船です。

(火災事故の後、痛々しい姿で室蘭港に帰ってきた「だいせつ」。この後、函館どつくにて修理された)

 

朝のひんやりした風を浴び、曇り空の下を航行する「いしかり」。

ずっと外に居ると冷えてしまうので、朝風呂を浴びた後は展望通路で海を眺めながらくつろぎます。

海を見ながらくつろいでいると、遠くにちょっと変わった形の船影を発見。慌てて外に出ます。

あ!?あれイージス艦じゃね!?!?

遠くてはっきりとは見えませんでしたが、おそらく海上自衛隊こんごう型イージス艦DDG-174護衛艦「きりしま」でしょう。舞鶴から横須賀へ帰る途中だったようです。

 

津軽海峡の出入口に差し掛かりました。津軽海峡は大型の貨物船が行き交う国際海峡です。新日本海フェリー敦賀→苫小牧に乗ると、大型の貨物船を次々と追い越していく楽しい体験が出来たりしますよ。津軽海峡フェリー青函フェリー津軽海峡を渡るのも良いですよね。

昨日よりも天気が悪いように見えますが、波は昨日よりずっと穏やかです。全く揺れを感じないですが、窓と水平線を見比べているとそれなりにピッチングしてます。どうやら船に揺られすぎて感覚がおかしくなってきたようです。

 

【目次】

①乗船~出港

②夕食(一回目)

③寝台

④船体動揺

⑤茨城~福島沖

⑥仙台寄港

⑦夕食(二回目)

⑧仙台出港

⑨第二夜

⑩青森沖 ←イマココ

⑪朝食

⑫苫小牧到着